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ノート

スケッチブックを使った“自己表現ノート”

No.004のノートはこれまで紹介した勉強ノートと、一線を画したものです。 ノートの持ち主は、法政大学人間環境学部人間環境学科の藤原遼さん。そのノートは絵を描くときに使うスケッチブックなのです。罫線のない白い紙は、頭に浮かんだことを整理したり、自分の感情をぶつけたりする相手としても最適なノートだったとか。自分自身の心の中を描くように、ノートに“スケッチ”した藤原さんのノートを紹介しましょう。

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icon_08ノートの使い方はもっと自由でいい

僕はリングタイプのスケッチブックを授業のノートに使っていました。皆さんとは、ちょっと異質なノートでしょうか(笑)。スケッチブックを使うようになったきっかけは、授業で習った『徒然草』なんです。「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」の一節を読んだときに、「そうか! ノートは自分の思うように自由に使えばいいんだ」と思ったんです。それまではクラスメートと同じような普通のノートを使っていましたが、自由に使えるスケッチブックに買い換えました。横使いに開いたときの白い画用紙は新鮮でした。ノート面が広くて「たくさん書ける!」って感じたんですよね。授業で初めて習う内容が面白かった時には、感動した自分の気持ちまで書き留めていました。


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icon_08 考えや感じたことを“アウトプット”するノート

新たに学んだことをインプットした時、自分がどのように理解したかをアウトプットすることが大切だと思っています。僕の通っていた中高一貫教育の学校には、「自分の考え方を言語化してみよう」という指導方針がありました。そのため、生徒同士は自分が考えたこと、感じたことを話し合うことがよくあります。友達とディスカッションすることで、考えや感じ方に違いがあることを知りましたし、相手に伝えるためにはどのように自己表現したらいいかを経験することもできました。  僕は自分の考えや感じたことを、ノートに書き込むことで整理しています。授業ノートでも同じで、理解した内容を自分の言葉として書き込む。自分にとって新発見の内容だったりすると、文字をわざわざ立体的に書いて目立たせて、自分の感動を表現したりしました。自分の中でうまくまとめられない事は、ノートに言葉として“アウトプット”することで整理されていくように思います。


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icon_08マヤ文明から自分の進路が見えてきた

マヤ文明を習ったときの、衝撃は大きかったですね。人間が自然との対話をして繁栄させたことを知って面白かったからです。
歴史的な四大文明は大河がはぐくみました。メソポタミア・エジプト・インダス・黄河、いずれも水による肥沃な土地で繁栄します。しかし、マヤ文明にはそれが当てはまらないんです。マヤ発展のきっかけは、たき火の後の土に雨水がたまることを見つけたことでした。水を通しやすい石灰岩が熱され、水が加わることで化学変化して水を通さない性質に変わったのです。それは「漆喰」でした。  漆喰を使った貯水池を作り、いつでも水が使えるようになったおかげで生活水準は改善され、作物の収穫も上がり豊かになります。栄える村には人々が集まりだし、規模が大きくなっていきました。彼らは焼き畑で作物を得ていたため、土壌の回復と調和しながら農耕生活していました。
しかし人が増え、村の規模が大きくなるに従い、そのバランスが崩れてしまいます。いつしか争いが起き、土地を奪い合う戦いへと進んでいくのです。100年で消滅した村もあるといいます。急速な人間社会の発展が引き起こした崩壊でした。 授業を受けた当時は「現代にも当てはまることがあるのでは?」と、クラスメートとのグループディスカッションで「利便性と豊かさ」について話しあいました。その後、農業への関心をかき立てられ、環境関連への興味が自分の中に沸いてきました。
これらの事が、僕の大学選びのきっかけになっているように思えます。法政大学人間環境学部は、文系の切り口で理系でもある環境関連を学べるところです。人と人、人と社会をつなげて何かを創造する、そんなことが好きで興味のある僕には向いていると思っています。


一年間、大学を休学してミャンマーへ…

―― 藤原さんは、2012年9月から一年間、大学を休学してミャンマーで日本人向けのフリーペーパー制作のスタッフとして携わってきたそうです。2011年3月にミャンマーは軍事政権から文民政府に変わり、急速に民主化が進められています。海外からの企業進出も急増しており、日本からもビジネスマンや旅行者が数多く訪れるようになっています。フリーペーパー『I LOVE YANGON』は、訪問者に安心して滞在してもらおうと、ミャンマーの基本情報、生活スタイル、レストランやホテルを紹介しています。藤原さんは現地で、交渉、取材、撮影を一人でこなし創刊までこぎつけたそうです。ミャンマーは長く軍事政権下にあったため、国民は自ら発言して情報提供することに慣れていなく、ましてや情報誌という認識すらなかったために、取材撮影には苦労をしたとか。その中でも発見や喜びと数多く出会ったそうです―――


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icon_08ミャンマーで出会った日本

 ミャンマーを訪れる前は、ルーズな国民性なのかな?と思っていたんです。実際は逆で、勤勉性の高い国民でした。また、日本語を学ぶ人が多いのには驚きました。ヤンゴンでは町なかの露店で日本語の教科書が売られていたり、日本語教室が30校ほどもあったりと関心が高いんです。それは日本を相手に商売をしたいために語学を学ぶというよりも、日本への興味から言葉を学ぶという人が多いそうなのです。また出会った人が「謝礼はいらないよ」と気軽に取材ガイドを引き受けてくれて、その温かい人柄に触れたとき「昔の日本人ってこんな感じの国民だったのかな」と、祖父に聞かされた“古きよき日本人”に出会えたような喜びがありました。ミャンマーでは人と出会い、話をすることがとても面白く感じました。とても充実した一年間でした。

I LOVE YANGON(ツイッター)はこちらです。
https://twitter.com/ILoveYangon


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